「介護の現場にも、AIを入れたほうがいいんでしょうか」
群馬の介護施設の方とお話しすると、こうしたご相談をいただくことがあります。人が足りない、夜勤がきつい、記録に追われて利用者さんと向き合う時間が取れない。そんな中で「AI」という言葉を毎日のように目にすれば、何か手を打たなければと思うのは自然なことです。
では、群馬の介護施設で、実際に成果を出しているところは何から始めていたのでしょうか。
手がかりになるのが、群馬県が2025年9月に出した「介護テクノロジー導入プロセス事例集」です。県のモデル事業に参加した県内3つの社会福祉法人について、何を入れ、何がどう変わったかが、数字つきでまとめられています。読んでみて分かったのは、3法人とも、最初に入れたのはAIではなく、見守り機器・介護記録ソフト・インカムだったということです。そしてその先に、国の「生産性向上推進体制加算」の算定がありました。
この記事では、加算のしくみを短く整理したうえで、県の事例集に載っている3法人の取り組みを紹介します。3法人とも当社のお客様ではなく、公開資料に載っている事例です。数字は、すべて2026年10月24日に元の資料を開き直して確認しました。
この記事の目次(10項目)
生産性向上推進体制加算とは:見守り機器などを入れて、業務改善を続ける施設への加算
まず、制度の話を短くしておきます。
生産性向上推進体制加算は、令和6年度(2024年度)の介護報酬改定で新しくできた加算です。見守り機器などのテクノロジーを入れ、委員会をつくって業務の改善を続けている施設・事業所が算定できます。厚生労働省の資料では、2つの区分があります。
| 加算(Ⅱ) | 加算(Ⅰ) |
|---|
| 単位数 | 月10単位 | 月100単位 |
| テクノロジー | 見守り機器・インカム・介護記録ソフトなどを1つ以上 | 見守り機器などを複数(見守り機器は全居室) |
| 前提 | 委員会の開催、安全対策、業務改善の継続 | 加算(Ⅱ)の要件を満たし、データで成果が確認できること。介護助手の活用など職員の役割分担も |
| データ提出 | 年1回、実績データを国へ報告 | 同じ |
ポイントは3つあります。
1. 加算(Ⅱ)は、見守り機器が1居室だけでも算定できる
厚労省の資料では、加算(Ⅱ)の見守り機器は1つの居室への導入でもよいとされています。いきなり全館に入れなくても、入口に立てる制度です。
2. 加算(Ⅰ)は、加算(Ⅱ)で3か月以上取り組んだ成果が前提
機器を入れたあと3か月以上取り組みを続け、導入前と後を比べて成果を確かめることが求められます。つまり、導入前の業務時間を測っておかないと、上の区分に進めません。
3. 委員会の設置は、経過措置のあと義務になる
生産性向上の委員会は、3年間の経過措置を置いたうえで設置が義務づけられています。厚労省の資料では、加算を取る場合は経過措置の期間中であっても委員会の設置が必要で、3か月に1回以上開くこととされています。
対象は、厚労省の資料で「短期入所系・居住系・多機能系・施設系サービス」とされています。特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、介護付き有料老人ホーム(特定施設)、グループホーム、小規模多機能、短期入所などがこれに当たります。訪問系・通所系のサービスは、この一覧に入っていません。単位数や要件は次の改定で変わる可能性があるので、算定を考えるときは厚労省の最新の通知を確かめてください。
事例1:見守りとカメラで夜間の訪室時間を60分減らした法人(高崎市)
どんな法人か
高崎市の社会福祉法人マグノリアニセンは、特別養護老人ホーム(従来型・ユニット型)、小規模多機能、グループホームなどを運営しています。県の事例集で最初に紹介されている法人です。
何を入れたか
事例集によると、見守りシステムを中心に、必要な機器をつなげて使う形で入れています。
- 見守りセンサー(ベッドの離床・体動・心拍などを知らせる)
- 見守りカメラ
- インカムと、ナースコールにつながるスマートフォン
- 介護記録ソフトとタブレット
- 自動で体位を変えるマットレス、排泄のタイミングを予測する機器
機器を選ぶのは現場のスタッフに任せた、と書かれています。事業所ごとに困りごとが違うので、使いたい機器も違うからです。
どう変わったか
事例集に載っている成果を、いくつか抜き出します。
- 介護記録ソフト: 紙が70%減り、記録時間が20%減った。外国人スタッフも記録できるようになった
- 見守りセンサー: 夜間の訪室時間が60分減り、訪室回数は半分になった
- 見守りカメラ: 夜間の巡視時間が15分減った(特に上下のフロアをまたぐ巡視)。録画で事故の原因が分かるようになり、家族への説明にも役立った
- インカム: スタッフを探す時間が30秒から2分ほど減った
- 自動体位交換マットレス: おむつ交換(約25人分)が平均66分から平均53分に
そして、2025年4月から特別養護老人ホームで加算(Ⅰ)、グループホームで加算(Ⅱ)の算定を始めています。
夜勤の職員がナースステーションでタブレットの見守り画面を確かめている様子(画像はAIによるイメージです。記事中の法人とは関係ありません)
当社が注目した点:うまくいかなかったことも書いてある
この事例集のよいところは、成果だけでなく、課題も書いてあることです。マグノリアニセンの「今後の課題」には、Wi-Fi環境による業務への影響は大きく、不意に使えなくなるリスクを避けるため、ネット環境の整備は慎重に進めるとあります。排泄予測機器も「一定の効果はあったが、効果が得られない人もいる」と正直に書かれています。
機器のカタログには、こうしたことは載っていません。
事例2:夜間の定期巡視を「2回から0回」にした法人(桐生市)
どんな法人か
桐生市の社会福祉法人邦知会は、特別養護老人ホームと介護付き有料老人ホームなどを運営しています。
何に困っていたか
事例集には、導入前の困りごととして次の点が挙げられています。
- 定期巡視のときに利用者さんを起こしてしまい、眠りの質が下がっている
- 施設内のWi-Fiの電波が弱く、途切れてしまう
2つ目に注目してください。機器を入れる前から、Wi-Fiが課題として挙がっていたのです。
何をしたか
同法人は、Wi-Fiの事前調査から始め、Wi-Fiの設備工事、見守り機器の全床設置、ナースコールとスマートフォンの連動を行いました。すでに使っていた記録システムとつなげられる機器を選んだ、とも書かれています。
センサーの通知の項目(離床・体動・心拍など)は部署ごとに管理し、設定のルールを決めたそうです。
居室の窓際でスマートフォンの電波の入りを確かめる職員2人(画像はAIによるイメージです。記事中の法人とは関係ありません)
どう変わったか
事例集によると、見守り機器の導入で夜間の定期巡視をなくした(2回から0回)ことで、職員の体と気持ちの負担が軽くなり、利用者さんの眠りの質も上がったとされています。夜間の定期巡視はやめ、モニターでの確認を基本にする運用に切り替えました。
スマートフォンでその場で記録を入力することを基本ルールにしたことで、記録の時間も短くなり、外国人職員にとっても操作しやすく、業務の標準化に役立ったと書かれています。
現在は加算(Ⅱ)を算定していて、加算(Ⅰ)の取得に向けて準備中とのことです。
当社が注目した点:ルールを先に決めている
この事例で参考になるのは、機器を入れたことよりも、「その場でスマホに記録する」「通知の設定は部署ごとに決める」というルールを先に決めたことです。
見守りセンサーは、通知が多すぎると職員が疲れてしまい、少なすぎると見逃しが出ます。どの通知を誰が受けるかを決めずに入れると、「鳴りっぱなしで結局見に行く」ことになりかねません。
事例3:時間外勤務を50%減らし、加算で年間50万円の収益を得た法人(前橋市)
どんな法人か
前橋市の社会福祉法人ほたか会は、介護付き有料老人ホーム、介護老人保健施設、訪問介護、通所介護、訪問看護などを幅広く運営しています。
何を入れたか
見守りセンサー、バイタル(体温・血圧など)を測って記録する機器、介護記録ソフト、タブレット、ナースコール設備です。複数のサービスにまたがって情報を共有できるよう、1つの端末に利用者さんの情報を集めることを心がけたそうです。
どう変わったか
事例集に挙がっている成果は次の5つです。
1. 時間外勤務が50%減った
2. テクノロジーで生まれた時間で、一人ひとりに合わせたケアを充実できた
3. 文書の量が50%減った
4. 複数のサービス間の情報共有が効率化された
5. 加算(Ⅰ)を取得し、年間50万円の収益を得た
当社が注目した点:写真つきのマニュアル
ほたか会は、介護ソフトの扱いが苦手な職員もいることを前提に、年齢や得手不得手に関係なく誰でも同じように使えるよう、写真を添付した具体的なマニュアルを作ったと書いています。機器の説明会も、導入前に1回、その後は年2回と決めて続けています。
新しい道具が定着するかどうかは、いちばん苦手な人が使えるかで決まります。これはAIの導入でもまったく同じです。
3法人に共通していたこと
3つの事例を並べると、共通点が見えてきます。
| マグノリアニセン(高崎市) | 邦知会(桐生市) | ほたか会(前橋市) |
|---|
| 主に入れたもの | 見守りセンサー・カメラ・インカム・記録ソフト | 見守り機器・ナースコール連動・記録ソフト | 見守りセンサー・バイタル機器・記録ソフト |
| 代表的な成果 | 夜間訪室60分減・記録時間20%減 | 夜間の定期巡視2回→0回 | 時間外勤務50%減・文書量50%減 |
| 加算 | (Ⅰ)(Ⅱ)を2025年4月から算定 | (Ⅱ)算定・(Ⅰ)準備中 | (Ⅰ)取得・年間50万円 |
| 書かれていた課題・工夫 | Wi-Fiの影響が大きい | 導入前からWi-Fiが課題 | 写真つきマニュアル |
1. 最初に置き換えたのは「夜の見回り」と「紙の記録」
3法人とも、AIで判断させることより先に、夜間の巡視と、紙への記録・転記を減らしています。人が足りないとき真っ先にきつくなる場所に、まず手当てをしています。
2. Wi-Fiが土台だった
3法人のうち2法人の資料に、Wi-Fiの話がはっきり出てきます。県の事例集の「導入のポイント」にも、機器を選ぶときにWi-Fiや電源などの設備環境を忘れずに検討するよう書かれています。見守り機器は、つながらなければただの箱です。
3. 測ってから比べている
加算(Ⅰ)は導入前後の比較が前提です。3法人とも、導入前の業務時間や巡視の回数を測ったうえで、成果を数字で示しています。
では、生成AIはどこで使うのか
ここまで読むと「AIはまだ早いのか」と思われるかもしれません。当社の考えは、少し違います。
見守り機器や記録ソフトは、夜間の見回りや記録の入力という「体と手の仕事」を減らします。一方で、介護の現場には、委員会の議事録、研修の資料、家族への連絡文、業務改善計画書といった「文書を作る仕事」も多くあります。生産性向上推進体制加算で求められる委員会の運営や、成果の取りまとめも、まさにこの文書の仕事です。
文書の仕事は、生成AIがいちばん得意とする分野です。見守り機器のような設備投資も要りません。ただし、利用者さんの氏名や病歴、要介護度などの個人情報を、学習に使われる無料版のAIに入れるのは避けなければなりません。使うなら、学習に使われない設定の有料版を選び、入れてはいけない情報を先に決めてからです。
業種ごとに最初に手をつける業務の違いは、AI活用事例を業種別に|中小企業5業種の最初の1業務にまとめています。
自施設で始めるなら:最初に確かめる3つ
県の事例集を読んだうえで、当社がおすすめしている始め方です。
1. 夜勤と記録の時間を、1週間だけ測る
夜間の巡視に何回・何分かかっているか、記録に1日何分かけているかを、1週間測ります。これが、加算(Ⅰ)に進むときの「導入前」の数字になります。
2. Wi-Fiが居室の奥まで届くかを確かめる
機器を選ぶ前に、居室やトイレ、フロアの端でスマートフォンがつながるかを歩いて確かめます。2法人の事例が示すとおり、ここがつまずきやすい場所です。
3. 加算(Ⅱ)から逆算して、1つ目の機器を決める
加算(Ⅱ)は、見守り機器・インカム・記録ソフトのうち1つ以上から始められます。困っている場所がいちばん大きいものから、1つ選びます。
導入の進め方に迷ったときは、県の介護生産性向上総合相談センターである「介護職場サポートセンターぐんま(介サポぐんま)」が窓口になっています。事例集のモデル事業者への質問や見学の希望も、ここで受け付けていると書かれています。
この記事で扱っていないこと・ご注意
- 紹介した3法人は、群馬県の公開資料に載っている事例です。当社はこの3法人の取り組みに関わっていません
- 数字は、事例集に書かれている各法人の取り組み結果をそのまま紹介したもので、当社が測ったものではありません
- 加算の単位数・要件は令和6年度改定の厚労省資料によるものです。算定にあたっては、必ず最新の告示・通知と、保険者(市町村)の案内を確認してください
- 見守り機器でできるのは、離床や体動を早く知らせることです。機器を入れれば事故がなくなる、というものではありません
- 補助金を使って機器を入れる場合の要件・金額・募集時期は、群馬県の最新の案内を確認してください
出典(2026年10月24日時点)
この記事の事例と数字は、次の資料を2026年10月24日に開いて確認したものです。
まとめ:AIの前に、夜の見回りと紙の記録を見る
- 群馬県の事例集に載っている県内3法人は、AIより先に、見守り機器・介護記録ソフト・インカムから始めていた
- 高崎市の法人は、見守りセンサーで夜間の訪室時間を60分減らし、記録時間を20%減らした
- 桐生市の法人は、Wi-Fiの工事から始めて見守り機器を全床に入れ、夜間の定期巡視を2回から0回にした
- 前橋市の法人は、時間外勤務と文書量を50%減らし、加算(Ⅰ)で年間50万円の収益を得た
- 加算(Ⅱ)は見守り機器1居室からでも始められる。加算(Ⅰ)に進むには、導入前の数字を測っておくことが前提
「介護にもAIを」と考えたときは、まず、夜の見回りと紙の記録にどれだけ時間がかかっているかを測ってみてください。最初の一手はAIではなく見守り機器や記録ソフトかもしれませんし、その先の文書づくりで生成AIが効いてくるはずです。
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