現場が動き出す前に、まず見積が要ります。そしてその見積が、社長にしか作れない。
工務店や職人系の会社を訪ねると、かなりの確率でこの状態に行き当たります。日中は現場をまわり、夕方に事務所へ戻り、そこからようやく見積作成。気づけば夜9時、10時。翌朝また現場へ出る。営業も現場も手一杯なのに、見積だけは社長の手を離れない。
先日、群馬県の電気設備工事会社様でこの状態を作り直すお手伝いをしました。そこで見えてきたのは、属人化の正体は「社長の能力」ではなく「見積の置き場所」だったということです。今日はその中身を、3つの手順にして紹介します。
なぜ社長しか作れないのか
まず、原因を正しく特定しておきます。
見積が属人化している会社に「なぜ他の人ができないんですか」と伺うと、返ってくる答えはだいたい同じです。「単価の感覚が要るから」「この客先はこのくらい、というのが分からないから」。
つまり、判断材料が社長の頭の中にしか無いわけです。ここが肝心なところで、社長がやっていることを分解すると、実は3つに分かれます。
- 過去の似た工事を思い出す
- そのときの単価を引っ張ってきて、今回用に調整する
- 原価を見て、利益が乗っているか確かめる
このうち、社長にしかできないのは3つ目の判断だけです。1つ目と2つ目は、思い出す作業と探す作業。本来は人がやらなくていい種類の仕事が、たまたま社長の記憶の中にあるせいで、社長の仕事になってしまっている。
だから狙うべきは「社長が見積を作らなくて済むようにする」ことではありません。社長が最後の判断だけをすればいい状態にすることです。
ステップ1:過去の見積を「探せる形」にする
最初にやるのは、新しい仕組みを入れることではなく、すでに持っているものを使える形に変えることです。
多くの会社では、過去の見積がExcelファイルとして年度別・客先別のフォルダにばらばらに入っています。数百ファイルあっても、それは資産ではありません。探せないからです。
先ほどの会社様では、手元にあった過去の見積ファイルを整理して、413件を一つのデータベースに集約しました。この工程がいちばん地味で、いちばん効きます。
やったことは3つです。
1. 重複と不要分を落とす(金額ゼロの練習ファイル、同じ見積の別名保存など)
2. 中身をバラして、品目・数量・単価・原価に分解する
3. 一件ずつではなく、合計金額の一致で検算する
3つ目が大事です。数百件を一件ずつ目で見るのは現実的ではありません。元ファイルの合計金額と、取り込んだ後の合計金額が一致するかどうかだけを見ます。実際、この方法で「金額が83円合わない1件」まで特定できました。原因は元の見積の丸め処理で、実害はなし。ここまで分かって初めて、安心して次に進めます。
なお、ここでAIが効きます。バラバラな書式のExcelから「品目はどれで、単価はどれか」を読み取る作業は、まさにAIが得意な領域です。人が数百件やれば数週間かかるところを、形を決めて一気に処理できます。
ステップ2:ゼロから作らせない。「似た案件を複製して直す」形にする
過去の見積が探せるようになったら、次は作り方そのものを変えます。
新規作成のボタンを、いちばん目立つ場所に置かない。 代わりに置くのは「過去の見積を探して、複製する」導線です。
これは小さな違いに見えて、属人化の解消にはいちばん効きました。ゼロから作ると、単価の知識が要ります。でも「前回の似た工事の見積を丸ごとコピーして、今回に合わせて数量と品目を直す」なら、必要なのは知識ではなく確認です。確認なら、社長以外にもできます。
このとき地味に重要なのが、過去の見積を客先順で並べられるようにしておくことです。日付順に並んでいると、探しているものが見つかりません。実際にこの会社様でも「一覧を日付順ではなくお客様順にしてほしい」というご要望が出て、見積番号の並び替えを作り直しました。
探せなければ、複製する運用は根づきません。 ここは手を抜かないでください。
ステップ3:原価と利益を、その場で見えるようにする
最後は、社長が最後の判断だけをするための準備です。
見積の画面に、金額・原価・利益を常に並べて表示します。項目を一つ足すたびに、利益がその場で動く。これだけで、社長のチェックが「電卓を叩き直す作業」から「数字を見て良し悪しを決める判断」に変わります。
チェックの形も変えます。全部を見直すのではなく、見るのは次の3点だけです。
- 利益率が普段の水準から外れていないか
- 数量が現場の実感とずれていないか
- 値引きの入れ方が意図どおりか
社長が担当者の作った見積を頭から作り直していたら、属人化は解けません。 逆に、この3点だけ見て「ここだけ直して」と返せるなら、担当者は回を重ねるごとに精度が上がっていきます。仕組みを入れることより、この返し方に変えることのほうが、実は難所かもしれません。
どう変わるか
この3手順を通すと、会社の中で起きる変化はこうなります。
- 見積の起点が社長の記憶から、過去データに移る
- 担当者の仕事がゼロから作る仕事から、複製して直す仕事に変わる
- 社長の仕事が作成から、最終判断だけに縮む
そして、社長が現場に出ている間も見積が進むようになります。夕方に戻ってからが本番、という働き方から抜け出せるのは、ここが変わったときです。
ひとつ補足させてください。この形にしても、単価の妥当性を決めるのは最後まで社長の仕事です。AIも仕組みも、過去にあったことを引っ張ってくることはできますが、今回の現場条件をどう見るかは判断の領域です。そこを渡してしまうと、安く受けすぎる見積が静かに増えます。渡すのは探す作業と計算まで。決めるのは人。 この線引きが、うまくいく会社とそうでない会社の分かれ目でした。
まとめ
見積の属人化を解くための3手順は、こうです。
1. 過去の見積を「探せる形」にまとめる(検算は一件ずつではなく合計の一致で)
2. ゼロから作らせず、似た案件を複製して直す形にする(客先順に探せることが前提)
3. 原価と利益をその場で見えるようにし、社長は3点だけ確認する
いきなり全部は要りません。まずはステップ1、過去1年分の見積を一箇所に集めてみるところからで十分です。それだけで、次に何を仕組み化すべきかが見えてきます。
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